支えられた私が、支える側へ ― 私が保育士になった理由

最終更新日:2026年5月20日

今回は、私が保育士になったきっかけについてお話ししたいと思います。

私は出産してから独学で保育士になりました。
保育士資格を取得したのは2019年、息子が4歳の頃でした。

新卒からそれまでは、
・高齢者施設での介護
・医療モールでの医療事務
・有料老人ホームを運営する会社での総合職

と、約20年、医療や福祉の業界にいました。

そんな私の人生が大きく変わったのは、息子の出産でした。

妊娠中期から「少し小さめですね」と言われるようになり、少しずつ育ってくれていたものの、妊娠33週、1214gで生まれました。

それまで、大きな病気もなく健康に生きてきた私は、
妊娠や出産をきっかけに、初めて命の重さに触れた気がします。

高齢者は年齢を重ね、人生の終わりに近づいていく。
でも赤ちゃんは人生の始まりなのに、死と隣り合わせにいる。

「こんな世界があるんだ」

まさにコウノドリの世界が目の前に広がり、それまで当たり前だと思っていた毎日が、どれほど恵まれていたものだったのかを知ったと同時に、自分がどれほど狭い世界の中で生きてきたのかを思い知り、恥ずかしくなるような気持ちもありました。

息子はNICUで2か月過ごし、順調に大きくなって退院したものの、次々と病気が見つかりました。

手術のため小児病棟に入院していた時のことです。
ナースステーションの近くの薄暗い病室で、たくさんの管につながれて眠っている子やぼんやり天井を見つめている子。

その姿を見ながら、私は考えていました。

この子たちは幸せなのかな
お母さんたちは、この現実を受け止められているのかな

おこがましい言葉かもしれません。

でもそれは、私自身がNICUにいた息子に感じていたことでした。

お腹の中で十分に栄養をもらえず、生まれてからも管につながれて、抱っこもできなくてNICUでひとりぼっちで過ごす日々。

「この子は生まれてきて、幸せなのかな」

そんなことを考えながら面会に通っていました。

産後は小さく生まれたことを受け入れられず、うつ状態が長く続きましたが、
今振り返ると、私は本当に人に恵まれていたと思います。

地域の保健師さん、訪問看護師さん、精神科の先生、心理士さん、小児科の先生。
出会う人みんなが支えてくれて、仕事復帰できるところまで引っ張り上げてくれました。

その頃から、少しずつ思うようになりました。

今度は私が子育てに苦しむママを支えたい
病気の子どもたちが、「今日は楽しかった」と思いながら眠りについてほしい
普通の子と同じように、あそびの時間を大切にしたい

仕事に復帰して2年が経った頃、異動のタイミングで会社を辞めて、難病の子、医療的ケアが必要な子、障害のある子の支援ができる仕事を探しました。

そこでぶつかったのが資格の壁でした。

高齢者の仕事は資格がなくてもはじめられます。
でも子どもと関わる仕事はそう簡単ではありませんでした。

「看護師だったら…リハビリ職だったら…子どもの仕事ができたのに」
それまでの人生を悔やんだ時間もありました。

そんな時、医療的ケアが必要な子や肢体不自由の子が通うデイサービスを立ち上げたお母さんと出会いました。

私の想いを丁寧に聞いてくださり、
「パートからでもいいなら」
そう言って採用してくださいました。

そこから恩返しも込めて、保育士試験に向けて3か月猛勉強。
介護福祉士の資格を持っていたこともあり、9科目中3科目は免除になり、ありがたい制度にも支えられて、無事に一発合格することができました。

ですが、資格は取れたものの、正直なところ名ばかりでした。
必死に勉強したことも現場では役に立たず、私は何を勉強してきたんだろう…と、モヤモヤすることもありました。

そんな日々の中で、子どもたちや、お父さんお母さんとのやり取りを重ねるうちに、知識だけではつくれない人と人とのご縁が育っていくのを感じ、やりたかったことが少しずつ叶えられている実感がありました。

今でも私は、「保育士」という資格そのものにこだわっているわけではありません。
胸を張って「保育のプロです」と言えるわけでもありません。

だけど必要な場所に、必要な手が届くように、これからも学び続けていきたいと思っています。

なによりも今までの仕事人生の中で、今が一番楽しい!
そんな天職に出会えた私は、幸せです。